黄金の椅子から凍てつく街へ…「乞食」に成り下がった男の天国と地獄
安山(アンサン)の夜には、金の匂いがした。
成人向けゲームセンターの機械から絶え間なく響く電子音、人々の嘆き、歓声、罵声が入り混じる路地で、チョルス(52歳・仮名)はかつて「皇帝」と呼ばれていた。
全羅南道麗水(ヨス)出身の彼は、京畿道安山で成人向けゲームセンターを5店舗経営していた。それも、客が集まるいわゆる「ドル箱」の立地にのみ出店していた。
商売が順調な時は、1店舗で1日1000万ウォン近い金が入った。5店舗合わせれば、1日の売上は数千万ウォンに達した。
当時のチョルスにとって、現金は金というよりは単なる「物」に近かった。
従業員が札束を数え、彼はそれを袋に詰めて運んだ。一日の営業が終わった後に積み上がる札束を見ても、疲労感より先に奇妙な快感が押し寄せた。
「あの頃は、金が金に見えなかったんです。今日なくなっても、明日また入ってくるから。」
従業員だけで12人いた。
チョルスは月給制を嫌った。
「いつ店を閉めるかわからない商売なのに、月給なんてあるか。」
従業員には1日15万ウォンの日当を支払った。食費や間食代まで含めれば毎日かなりの額が出て行ったが、彼は惜しまなかった。
ゲームセンターで1000万ウォンを失い、呆然としている客に100万〜200万ウォンを握らせることもあった。
「焼酎でも飲んで帰れ。」
その金は業界でいわゆる『ポッチ(お恵み)』と呼ばれた。
金を失った人間に再び金を握らせる奇妙な世界。
チョルスは、その世界の生理を誰よりも理解していると思っていた。
ギャンブルをする人々の表情を見るだけで、今勝っているのか負けているのかがわかった。欲が膨らむ瞬間も、損切りできずに崩れ落ちる瞬間も、数え切れないほど見てきた。
だからこそ、自分だけは絶対にギャンブルに溺れるはずがないと信じていた。
その信念が打ち砕かれた場所が、江原(カンウォン)ランドだった。
■ 「こんなに簡単に稼げるのか?」
2026年の初冬。
チョルスは妻とハイワンリゾートへスキー旅行に出かけた。
白い雪原を滑り降りた後、好奇心でカジノに入った。
長年ゲームセンターを経営してきたチョルスにとって、カジノは未知の空間ではないと考えていた。
ゲームの内容は異なり規模は大きいが、結局は人の欲を相手にする場所という点では同じだと見なしていた。
彼は客席で2つの席を確保した。
そして特別な緊張感もなくゲームを始めた。
2時間後、彼の前には500万ウォンの利益が残っていた。
一瞬、チョルスの脳裏をよぎった考えは単純だった。
『こんなに簡単に金が稼げるのか。』
ゲームセンターでは従業員の管理もしなければならなかった。取り締まりも心配した。機械の故障も対応しなければならなかった。客と揉め事があれば自ら出向く必要があった。
ところが、カジノは違った。
椅子に座ってチップを数枚押すだけで、金が増えた。
その日の500万ウォンは、チョルスの人生で最も高い代償を払う金となった。
彼はその後、頻繁に江原ランドを訪れるようになった。
最初は旅行だった。
次は娯楽だった。
その次は、勝つために通った。
そしていつからか、失った金を取り戻すためにカジノへ通い始めた。
ギャンブル依存症の典型的な軌跡を誰よりも知っていた本人が、自分自身の転落には気づけなかった。
安山のゲームセンター経営は徐々に疎かになった。
従業員から電話がかかってきても煩わしかった。
「勝手にしろ。」
カジノでゲームをする時間が長くなるほど、店は傾いた。
一つが店を閉じ、また一つが整理された。
金が足りなくなればカードで補った。
信用度が高かったチョルスは、複数のカードを使い果たした。
限度額に達した。
周囲の人から金を借りた。
店まで処分した。
そうしてカジノとギャンブルに消えた金は、彼の計算で約20億ウォンに達した。
かつて1日数千万ウォンを動かしていた男は、結局一文無しになった。
■ フィリピンの安宿
チョルスは韓国を離れた。
逃げるようにフィリピンへ渡った。
最初は20億ウォンを失ったという現実を受け入れるのが困難だった。
「どうしてこんなことになってしまったのか。」
一時は自ら命を絶つことも考えた。
数回、極端な選択を試みたが、結局生き残った。
後に彼はその時期をこう語った。
「死にたかったのではなく、逃げ出したかったのだと思います。」
生き残ってみると、再び生活の問題が残った。
彼はフィリピンのカジノ周辺で、いわゆる『アバターゲーム』を始めた。
他人の指示通りに代わりに賭ける仕事だった。
時給500ペソ。
朝早くから夜遅くまでカジノのテーブルに座った。
自分の金でゲームをしていた時は数千万、数億ウォンを賭けていた男が、今では他人の金を代わりに賭けて時給数千ウォンを受け取っていた。
宿は共同施設を使う安部屋だった。
食事をまともに摂ることも難しかった。
袋ラーメン数個で数日を凌いだこともあった。
安山で数百ウォンずつチップを渡していた男が、日々の食事を心配するようになった。
皮肉にも、そのどん底の生活の中でチョルスの長所が一つ蘇った。
誠実さだった。
一日中テーブルに座っていても不平を言わなかった。
指示されたゲームを黙々とこなした。
その姿を見ていたある老夫婦が彼に目を留めた。
彼らの助けで、チョルスは再びマカオへ行くことができた。
そしてそこで、もう一度人生を逆転させるチャンスを掴んだ。
■ 850万ウォンが7億ウォンになった夜
チョルスがマカオで始めた資金は850万ウォンだった。
その金が増え始めた。
1000万ウォン。
3000万ウォン。
1億ウォン。
勝負が不思議なほど上手くいった。
チョルスは止まらなかった。
そして結局、彼の手に約7億ウォンが残った。
20億ウォンを失い、フィリピンのどん底まで落ちた人間にとって、7億ウォンは単なる金ではなかった。
再出発できる金だった。
借金の一部を返済できた。
韓国に戻って再び事業を始めることもできた。
チョルスもその事実はわかっていた。
「ここで終わりにしよう。」
彼は韓国行きの航空券を探した。
しかしあいにく週末だった。
チケットがなかった。
焦る気持ちでヘリコプターに乗って香港へ渡った。
費用だけで数十万ウォンかかった。
香港でも一般席は確保できなかった。
残っていたのはビジネスクラスの席。
価格は約450万ウォンだった。
その瞬間、チョルスの心の中で奇妙な計算が始まった。
『飛行機に乗るだけで450万ウォン?』
手元には7億ウォンがあった。
カジノでは1勝負に数千万ウォンずつ賭けていた男だ。
それなのに、航空券の450万ウォンが惜しかった。
結局、彼はチケットを買わなかった。
再びマカオに戻った。
その選択が、彼の人生で最も高い「節約」となった。
マカオに戻ったチョルスは、カジノのテーブルの前に再び座った。
『もう少しだけ。』
その考えは常に破滅の始まりだった。
7億ウォンの一部が減った。
失った分だけ取り戻して帰ろうとした。
また失った。
賭け金が大きくなった。
意地になった。
数時間後、7億ウォンは消えた。
450万ウォンの航空券を惜しんだ男は、7億ウォンを失った。
彼は後に、何度もその場面を思い返した。
「あの時、あの航空券さえ買っていれば…」
しかし、カジノで「もしも」という言葉は何の役にも立たない。
■ 再び江原ランドへ
チョルスは結局、韓国に戻った。
そして再び旌善(チョンソン)へ向かった。
皮肉にも、すべての転落が始まった場所だった。
かつて安山で複数の店を経営していた社長。
従業員12人に日当を支払い、大金を失った客に数百ウォンを渡していた男。
彼は今、江原ランド周辺で一日を凌ぐ人間になった。
カジノ周辺では、こうした長期滞在者をよく「乞食」と呼ぶ。
ゲームをする金が尽きれば知人に頼み、使い走りをして、時にはカジノの内外をうろつきながら一日を過ごす。
チョルスもまた、その中の一人になった。
舎北(サブク)の冬は寒い。
日が沈むと、山あいの谷から吹き下ろす風が服の隙間に入り込む。
チョルスはその道を歩きながら、時折安山時代の話をする。
1日数千万ウォンが入ってきたゲームセンター。
現金の袋。
従業員たち。
そして1000万ウォンを失った客に200万ウォンを渡していた日々。
聞く人にとってはホラ話のように聞こえるかもしれない。
だがチョルスにとって、それは実際に存在した過去だ。
彼は時々マカオの話もする。
「あの時、450万ウォンのチケットさえ買っていれば人生が変わっていたのに。」
そう言って、しばらく言葉を止める。
しかし、彼の人生を崩壊させたのは450万ウォンの航空券一枚ではなかった。
500万ウォンを簡単に勝てた初日の記憶。
失った金は必ず取り戻せるという信念。
そして、あと一回だけやればいいという欲だった。
カジノはチョルスに何度もチャンスを与えた。
500万ウォンの幸運も与えたし、7億ウォンの奇跡も与えた。
しかし彼はそのたびに、それを「終わらせるチャンス」ではなく「もっと稼ぐチャンス」として受け取った。
その違いが、黄金の椅子に座っていた一人の男を舎北の冬の街へと追い出したのだ。
チョルスは今日も江原ランド周辺を歩く。
華やかなカジノの光は、今も山あいの夜を照らしている。
その光の下で、誰かは金に勝って歓声を上げ、誰かは失った金を取り戻そうと次の勝負を準備する。
チョルスはその姿を長く見つめる。
そして低い声で言う。
「勝っている時が一番危険なんだ。私は負けて破滅したんじゃない。最初にあまりに簡単に勝ってしまったから、破滅したんだ。」
安山の皇帝だった男に残されたのは、今や借金と記憶だけだ。
かつて彼の手で踊っていた金はすべて消えた。
しかし、「次は違うはずだ」というカジノの誘惑だけは、今も彼の周囲を彷徨っている。
天国と地獄は、遠く離れてはいなかった。
チョルスにとってその距離は、カジノのテーブル一つ分、そして「あと一回だけ」という考え一つ分だけ近かったのだ。


