「カジノに入れば、手の震えが止まるような気がしました」
手が震えた。
食事をしても味が分からなかった。夜は眠れず、朝目覚めても何もしたくなかった。
数十人の従業員を抱え、複数の飲食店を経営していた店主チョルスさん(仮名・50代)。
飲食業で10億ウォンを超える財産を築いた彼が、一日中考えていることはただ一つだった。
「カジノに行かなければ。ルーレットをしなければ」
しかし、彼はカジノに入れない立場だった。
ギャンブルの沼から抜け出すため、自らカンウォンランド(江原ランド)に入場制限を申請していたからだ。
ところが、カジノを断つと逆に日常生活が崩れていくようだった。手が震え、意欲が消えた。店に出ても客の顔すら目に入らなかった。
頭の中では絶えずルーレットの玉が回っていた。
「カジノに行ってゲームをすれば、良くなるような気がしました。勝ちたいというより、ただルーレットがしたかったんです」
彼の思考は危険な方向へ傾いた。
「何とかしてカジノに入る方法はないだろうか」
その時思い浮かんだのが、長年の友人だった。
友人の住民登録証(身分証)さえあれば、カジノに入れるはずだ。
その日からチョルスさんの頭の中には、ルーレットではなく友人の身分証が回り始めた。
10億の資産家を崩壊させたルーレットの魔力
全羅南道麗水で飲食店を経営していたチョルスさんは、かつては誰もが羨む事業家だった。
複数の飲食店を運営し、従業員も数十人に達した。商売は順調で、財産も着実に増えていた。
彼には金もあり、家族もいた。何より、周囲が羨む安定した事業があった。
そんなチョルスさんがカンウォンランドのカジノを初めて訪れたのは、好奇心からだった。
華やかな照明の下でルーレットホイールが回り、テーブルの上ではチップが行き交う。
ディーラーが玉を投げると、客の視線が一斉にホイールへ向かう。
玉がどの数字で止まるかによって、歓声を上げる者もいれば、肩を落とす者もいた。
チョルスさんもその緊張感に魅了された。
最初は軽い娯楽だった。何度か勝つこともあった。
しかし、カジノを離れた後も、ルーレットで勝った瞬間のことが頭から離れなかった。
また訪れた。
さらに訪れた。
全羅南道麗水から江原道旌善まで数百キロを走ることも厭わなかった。
最初は一日二日だった。後には一度カジノに入ると数日間滞在するようになった。
飲食店は従業員に任せた。重要な事業の予定も、カジノに行く日には後回しにされた。
彼にとって最も重要なことは、もはや店の売上ではなかった。
ルーレットだった。
いつの間にかカジノに通い始めて2年も経たないうちに、失った金は4億ウォンに達した。
一般人には一生かけても貯めるのが難しい大金だった。
それでもチョルスさんは止まれなかった。
「4億ウォンを失ったのに、その金を取り戻そうという考えより、ゲームを続けたいという考えの方が強かったんです」
金を失う苦痛よりも、ゲームができない苦しみの方が大きくなったのだ。
チョルスさんは、これ以上遅くなる前にカジノを断たなければと考えた。
2026年3月、カンウォンランドを訪れ、自ら入場制限を申請した。
しかし、入場制限は彼の足止めをしただけで、頭の中のルーレットまで止めることはできなかった。
チョルスさんは友人に連絡した。
「久しぶりに顔でも見よう。飯でも食おう」
長年の友人からの連絡だった。疑う理由はなかった。
二人は刺身屋で会った。
久しぶりに積もる話をしながら酒を酌み交わした。チョルスさんは普段より気前よく友人を接待した。
食事が終わると、高級な遊興店へと場所を移した。
高い洋酒が出てきた。酒席は長引き、支払いはすべてチョルスさんが行った。
その日使った金だけで300万ウォンを超えた。
それなりの大金だったが、チョルスさんには目的があった。
酒が回り、雰囲気が最高潮に達した頃だった。
チョルスさんが慎重に口を開いた。
「友人よ、頼みがあるんだ」
「何だ?」
「身分証を一日だけ貸してくれ」
友人は突然の頼みに戸惑った。
「身分証をなぜ?」
チョルスさんは、入場制限のせいでカンウォンランドに入れないと打ち明けた。
自分の身分証では入場できないため、友人の住民登録証を貸してほしいというものだった。
友人はすぐには答えられなかった。
他人の身分証でカジノに入るのが正常なことではないという事実は知っていた。
だが、長年の友人だった。
酒もかなり飲んでおり、断るのも容易ではなかった。
『まさか、何か大きな問題が起きるわけでもあるまい』
結局、友人は住民登録証を渡した。
チョルスさんは安堵のため息をついた。
彼にとっては、カジノの入り口を通過できる鍵を手に入れたのと同じことだった。
しかし、二人は知らなかった。
その住民登録証一枚が、長年の友人二人を揃って前科者にする火種になるとは。
チョルスさんは友人の身分証を持ってカンウォンランドを訪れた。
入り口が近づくにつれ、緊張感が押し寄せてきた。
もしバレたらどうなるだろうか。
しかし、心はすでにカジノの中に入っていた。
彼は友人の住民登録証を提示した。
幸か不幸か、初日は何の問題もなく入り口を通過した。
あれほど恋焦がれたルーレットテーブルが目の前に現れた。
ゲームが始まった。
ルーレットホイールが回った。玉が弾んだ。数字が決まった。
チョルスさんには、そのすべてが懐かしかった。
その日、彼は約300万ウォンを勝った。
しかし、金よりも危険なものを手に入れた。
自信だった。
『こうすれば入れるんだな』
入場制限も、身分証検査も、もう怖くないと思えた。
初日の成功は、警戒心を崩壊させた。
翌日、チョルスさんは再びカジノへ向かった。
同じ身分証だった。
同じ入り口だった。
しかし、結果は全く違った。
身分証を確認していた警備員が彼を制止した。
「少々お待ちください」
瞬間、胸が凍りついた。
チョルスさんは平然を装ったが、頭の中は真っ白になった。
しばらくして警察が出動した。
他人の住民登録証を利用してカジノに出入りした事実が発覚したのだ。
前日に300万ウォンを勝って喜んでいたチョルスさんは、わずか一日で警察の取り調べを受ける身となった。
ルーレットでは勝ったが、人生においては再び敗北したようなものだった。
事件はチョルスさん一人では終わらなかった。
住民登録証を貸した友人にまで火の粉が降りかかった。
慶尚南道に住んでいた友人は、警察の取り調べを受けるために遠路はるばる江原道旌善まで来なければならなかった。
友人は呆然とした。
ただ長年の友人の頼みを聞いてあげただけだと思っていた。
カジノでゲームをしたわけでもない。金を勝ったわけでもない。
それなのに、自分まで刑事事件に巻き込まれたのだ。
「こうなるとは本当に思いもしませんでした」
友人には遅すぎた後悔だけが残った。
チョルスさんも顔を上げられなかった。
自分のギャンブル欲を抑えられず、長年の友人まで犯罪に巻き込んだという事実が苦しかった。
結局、二人は住民登録法違反の疑いで刑事処罰を受けた。
一人はカジノに入るために友人の身分証を使用し、もう一人はその身分証を貸した代償を払った。
チョルスさんは、数億ウォンを失った時よりも、友人に強い罪悪感を感じたと言った。
「金を失ったのは自分のせいだから仕方ないとしても、友人まで前科者にしてしまったのだから、何を言えましょうか」
彼はしばらく言葉を継げなかった。
友人を呼び、高い酒を振る舞ったあの日を思い浮かべた。
300万ウォンを超える酒代が問題ではなかった。
あの日、食事を終えて別れていれば、身分証を貸してくれと言わなければ、二人の運命は変わっていただろう。
しかし、覆水盆に返らずだった。
ギャンブルは金だけを失うものではなかった
チョルスさんの話は、単なるカジノ入場規定違反事件ではない。
かつて10億ウォンを超える財産を保有し、複数の飲食店を経営していた事業家が、ギャンブルに溺れて判断力を失っていく過程がそのまま収められている。
最初は好奇心だった。
次は楽しみだった。
そして金を失い始めた。
しかし、数億ウォンを失ってもカジノを断てなかった。
自ら入場制限を申請するほど危険性を知っていたが、ゲームができないという苦しみの前で再び崩れ去った。
彼はカジノに入れば、手の震えも無気力も消えるだろうと信じた。
しかし、その考えが導いた場所は、治療室でも日常生活への道でもなかった。
警察の取り調べ室だった。
ギャンブル問題を抱える人には、ゲームを中断した後も強い渇望や不安、焦燥感などが現れることがある。こうした症状は専門的な相談や治療が必要なサインだが、再びギャンブルをすることで根本的に解決されるわけではない。
チョルスさんに必要だったのも、カジノの入場券ではなく、助けを求める勇気だったのかもしれない。
彼は遅まきながら自分の行動を振り返った。
「今思えば、あの時から人間ではありませんでした。ギャンブルに溺れると、何が正しくて何が間違っているのかも判断できなくなるのです」
チョルスさんは4億ウォンを失った。
事業がおろそかになり、日常生活も揺らいだ。
しかし、彼が最も痛恨の極みとして後悔しているのは、失った金ではない。
長年の友人に身分証を貸してほしいと頼んだ瞬間だ。
ギャンブル依存症は、時として自分の人生を超え、周囲の人間の人生まで崩壊させる。
友人の身分証を手に取った瞬間、チョルスさんはカジノに再び入れると考えた。
しかし、彼が手にしたのは幸運の鍵ではなかった。
二人を揃って前科者にした不幸の始まりだった。

