米が道端にこぼれ落ちた。
自転車が水たまりで転倒した瞬間、後ろに積んでいたビニール袋が破裂した。20kgの米が路肩に散らばった。一部は水に浸かり、一部は泥の中に落ちた。
パク・サンウ氏は、倒れた自転車の横でしばらく動けずにいた。
やっとの思いで工面した500ペソで買った米だった。店に戻って買い直す金はない。マニラ郊外の自宅では、妻と息子が待っていた。
手ぶらで帰れば、家族は何を食べればいいのか。
彼は道端にしゃがみ込んだ。手のひらで米をかき集め、指で粒を拾った。泥と水が混じっていたが、捨てることはできなかった。少しでも多く持ち帰らなければならなかった。
破れた袋にはもう米を入れられない。彼は上着を脱いだ。拾い集めた米を服に包んだ。
その時、涙が溢れ出した。
「なぜ母国を離れ、遠いフィリピンまで来てこんな苦労をしているのか。この米がなければ家族は飢えてしまう……。」
フィリピン現地で伝え聞いたパク氏の逃亡生活は、この光景から始まった。
数年後、彼はマカオのウィン・カジノで3時間も経たないうちに35億円を失ったと知人に語った。そして、さらに15億円を借りた。
米一袋を守ろうと道端を這いつくばった手と、バカラテーブルで巨額を失った手は、同じ人物のものだった。
パク・サンウは仮名である。2026年時点で58歳の彼は、2010年夏に家族と共に仁川空港を離れた。当時、韓国で詐欺容疑で指名手配される直前だった。
目的地はマニラだった。
家族を連れての出国には成功した。しかし、到着後の生活準備はあまりに不足していた。手元の金は底をつき、頼れる人もいない。言葉さえ通じなかった。
韓国を離れたという安堵感は長くは続かなかった。見知らぬ土地でも家族は毎日食べ、眠る場所が必要だった。
パク氏が持っていたのは、ブレーキも壊れた古い自転車だけだった。その自転車に米を積んで帰った日、彼は貧しさとは何かを身をもって知った。
米を包んだ服を握りしめ、誓ったという。
二度とこんな苦労はしない。どんな手を使ってでも金を稼ぐ。誰にも頼れないこの場所で家族を守るには、自分が稼ぐしかない。
その日の決意は切実だった。
しかし、稼がなければならないという決意が、稼ぐ方法まで選ばせてはくれなかった。
マニラで知り合った韓国人の中に、オンラインカジノ事業をしている者がいた。パク氏は彼に仕事を教えてほしいと頼み込んだ。
言葉も通じない国で職を見つけられなかった彼にとって、韓国人が運営する事業は唯一の入り口だった。パク氏は働きながらオンラインカジノの運営を学んだ。
約1年後、別の韓国人と共同事業を始めた。
運営者はフィリピンにいたが、顧客は韓国に住む韓国人だった。パク氏が去った国から金が流れ込んできた。
そうして生活が変わり始めた。
パク氏と親しかった在住者のA氏は、初期の彼を「金を集めることに徹底していた人物」として記憶している。酒代さえ惜しんだ。稼いでも使わなかった。入ってくる金を積み上げていった。
金がない時は稼ぎ方を知らなかった男が、稼ぎ始めると守り方を熟知しているようだった。
米を拾い集めた記憶が彼を縛り付けていたのだろう。一袋さえ買い直せなかった境遇には戻りたくなかったはずだ。
ただし、その金はオンライン賭博事業から出ていた。パク氏の家に食料が増え、財産が積み上がる間、海の向こうでは誰かが金を失っていた。
A氏の回想によれば、パク氏は2014年には数十億円の財力を持ち、2015年には資産が100億円台に達した。
正確な資産規模を確認する資料はない。しかし、周囲が見た生活は、金がどれほど彼の人生を変えたかを物語っていた。
パク氏一家は約45坪の高級マンションを借りた。保証金だけで20億円に達したとA氏は伝えた。息子は学費の高い外国人学校に通わせた。
米を心配していた家族が、良い家と学校を選べるようになった。
妻と息子に手ぶらで帰ることを恐れていた家長は、今や欲しいものを何でも買ってやることができた。フィリピンに来た当初は夢にも思わなかった生活だった。
ところが、金を貯めていた男は、ある瞬間から金を浪費する男になった。
パク氏夫婦はカジノに通い始めた。家具や衣類、車を買うのに金を湯水のように使った。遊興やブランド品のショッピングも生活の一部となった。
A氏は、月に数億円から数十億円を稼ぐこともあったが、支出もまた放蕩だったと振り返った。
入ってくる金が大きくなると、出ていく金の基準も変わった。
以前は残額を心配していたはずだが、今は次に入る金を当てにしていたのかもしれない。酒代を惜しんでいた男が、カジノで数十億円を失っても平然と語るようになったというのがA氏の記憶だ。
道端の米は、今も彼の過去だった。
しかし、その過去はもはや今日の浪費を止めることはできなかった。
2016年夏、パク氏は妻とマカオへ旅立った。1週間の観光とショッピングの計画だった。
宿泊先はウィン・カジノがあるホテルだった。旅行のために用意した金は35億円だったという。
それだけの金があれば旅行中に困ることはないと思えただろう。しかし、その金が消えるのに1日もかからなかった。
マカオに到着して3、4時間ほど経った頃、マニラにいたA氏に電話がかかってきた。
「兄貴!俺、明日の朝の飛行機でマニラに戻ることになったよ。」
A氏は不思議に思った。着いたばかりの男が翌日戻るというのだ。
「いや、1週間観光してショッピングもするんじゃなかったのか……。」
パク氏が事情を説明した。
ホテルに荷物を置いてすぐにカジノへ行った。バカラをして、3時間も経たずに持ってきた金を全額失ったというのだ。
35億円だった。
いくらずつ賭けたのか、何回勝って負けたのか、最後の金を失う時に何を思ったのかは分からないが、当時の彼は正常ではなかった。
しかし、1週間の旅行が数時間で終わったという事実は、A氏の記憶に鮮明に残っている。
パク氏は金を失ったと言うだけではなかった。
「だから、借金で15億円借りて、女房と買い物して明日の飛行機で帰るよ。」
持っていた金は消えたが、ショッピングは残っていた。その穴を借金で埋めるという話だった。
35億円を失った後でも15億円を借りられたという事実が、当時の彼の財力と人間関係を物語る。しかし、借りた金は結局返さなければならないものだった。
彼は夫婦の旅行を終えて帰る代わりに、巨額の損失と借金を抱えてマニラに戻らなければならなかった。
500ペソがなく米を買い直せなかった男。
彼が今や35億円を失い、15億円を借りたと電話で話していた。
金の額が大きくなれば、失う苦痛も同じ比率で大きくなるのだろうか。パク氏の話はそれほど単純ではなかった。金が増える間、金に対する感覚も変質していた。
A氏は、パク氏夫婦がカジノを頻繁に楽しんでいたと語った。
「夫が負けると、妻の方がそれ以上に勝つこともありました。」
そんな日もあっただろう。失った金を取り戻したという経験は、次の損失の前でも期待を残させる。ただ、その記憶が夫婦に継続的に勝つ能力があったことを意味するわけではない。
A氏が語る生活は豊かだった。
良い食事をし、カジノに通った。運動をほとんどしなかったため、パク氏の下腹は突き出ていたという。宝石やブランド品にも金を惜しまなかった。誕生日に数百万円のバッグや宝石を贈ることは特別でもなかったのだ。
家族を飢えさせないという誓いは、すでに果たされていた。
それ以降、彼は何のために金を稼いでいたのか。
良い家を維持し、高額な消費を続け、カジノで失った金を埋める生活には、絶えず金が必要だった。
オンラインカジノは彼に金を稼がせる事業であり、実際のカジノは金を失う場所だった。パク氏はその二つの間を行き来して生きていた。
その年の10月、金で享受していた生活に別の問題が降りかかった。
韓国とフィリピン警察の共助捜査により捕まったとA氏は伝えた。韓国へ送還される切迫した状況だった。
今回はバカラでいくら失ったかという問題ではなかった。身柄が拘束されたのだ。良い家も車も、その瞬間の身柄を代わってはくれなかった。
パク氏は普段から親交のあった現地警察幹部に助けを求めた。
A氏の回想には100万ペソという金額が登場する。自分を釈放してくれれば支払うという提案だったという。
現地警察は追加調査が必要だと言って、韓国警察に身柄を引き渡すことを遅らせた。パク氏を調査室に連れ込んだ後、裏口から逃がした。フィリピン警察ではよくある「大胆な」見逃し手法だ。
韓国警察が身柄の引き渡しを待つ間、パク氏は警察署を抜け出したという話だ。
A氏は、パク氏が自宅に戻り、警察幹部に約束した金を支払ったと語った。続いてタイへ逃亡できるよう手助けを頼み、偽造パスポートも要求したという説明だ。
捕まった後に釈放されたが、元の生活に戻ることはできなかった。
次の逃亡先を探さなければならなかった。
A氏によると、パク氏ら韓国人5人の身柄を引き取ろうとした韓国警察は、現地警察から「調査が終わっておらず、彼らは不拘束捜査のために釈放した」という回答を聞いた。
送還のためにフィリピンまで行った韓国警察は、身柄を確保できないまま手ぶらで戻ったということだ。
パク氏が向かった先はタイだったとA氏は伝えた。
その後の行方は確認されていない。どのような名前でどこで暮らしたのか、財産をどれだけ残したのか、家族と一緒にいたのかは分からない。生死についても取材過程で把握できなかった。
ただ、A氏が記憶する彼の最後の姿は、金を稼いで成功した事業家ではなく、また別の国へ旅立つ逃亡者だった。
最初は金がなく、マニラ郊外で途方に暮れていた。次は巨額を稼いで良い家に住んだ。息子を良い学校に通わせ、妻と海外旅行をした。
しかし、金が彼の出国事情を消してはくれなかった。家族のために稼いだという言葉が、オンライン賭博事業の性質を変えることもなかった。
米を拾い集めた日、パク氏は家族と幸せに暮らすと誓った。
その願いを叶えるのに、必ずしも100億円が必要だったわけではないだろう。しかし、財産が積み上がった後、彼の生活はより高額な消費と、より大きな賭け金へと移っていった。
35億円を持って旅立った1週間の旅行は数時間で終わった。警察署から釈放された日には、次の逃亡先を探さなければならなかった。
道端に散らばった米は、手で拾い集めることができた。
カジノで失った金は、借金で代用した。
しかし、再び国境を越えなければならない人生には、何を足すべきだったのか。
その問いの答えを残さないまま、パク氏は消えた。彼の話には今も二つの光景が残っている。服に米を包んで泣いていた男、そして35億円を失ったと言って「明日帰る」と電話していた男。
その間に巨額の金が入ってきては出ていった。家族と安心して暮らせる場所は、結局確認されなかった。初心を忘れた者の末路は、パク氏だけの話ではないだろう。


